満たされることで無くなるもの

昨日はSomething Orangeの海燕さん(id:kaien)とピアノ・ファイアのいずみのさん(id:izumino)のラジオのテスト放送に協力するという名目で延々1時間半くらいしゃべってました。*1当初は本当にテストだったのだけど、後半一時間以上は普通に雑談をラジオの電波に乗せて流してしまうというノリでした。
で、そこでいずみのさんに、

「まきがいさん*2は以前言いたいことはいっぱいあるけど話す相手なんかいないからブログを書いている、というようなことを言ってましたが、実際にオフ会で動画を見せながらすごい勢いで語っている姿を見ると、ああ本当にこれだけ話したいことをためてるんだなあと感心する」

こんな感じのことを言われたわけですね。うんうん、確かにそんなこと前にオフ会で言ってたなあ。大好きなものがあって、それを話せる人が回りにいないフラストレーションってのはブログ書く強力なモチベーションでした……以前は。


今はもう、そのへんに関してはTwitterやオフ会等でほぼ満たされています。いくらでも話せるし、僕が話すよりも話を聞いているほうが面白い人も近くにたくさんいる。もちろんブログに何かを書く理由ってのはそれだけじゃないけれど、大きなモチベーションのひとつがほぼ消えたのは事実なわけで、実際その影響はけっこう露骨に出ています。
「記録を残すこと」に意味はあると思うし「知らない人が今起こっていることを知るきっかけになる」ことにも大いに意味はある。「誰か」じゃない不特定多数に向けて何かを書くって行為は、派生すると色々と面白いことが起こったりもするし。ブログ書く意欲が丸ごと消えてなくなったというわけじゃあない。
ただ、だいぶ「熱」とか「勢い」が減じてるなあ、というのは最近とみに感じます。これは良いことなのか悪いことなのか、いや、これを悪いことと言ってしまうと色々と本末転倒な気がするので悪いことではないはずなのだけど……モチベーション取り戻すために引きこもるとかわけわかんないもんね。不健全すぎる。


でもこんなこと書きつつも、Twitterではこんな発言もしてたりして。うるせえ、何かの代わりなんかじゃねえんだよ! 俺は好きでやってんだこのやろー! って感じに意地はってるほうがずっとかっこいいんじゃないか。自分が好きなものに情熱を注ぐことに、ネットだとかリアルだとか高尚だとか低俗だとかオタクだとかリア充だとか一切関係ない。本人が何かの代わりとか思った瞬間に、それは本当に嘘になるもんだ! とか、僕はそんな青臭い理屈をわりと本気で信じています。


熱を失わないかぎりは、きっと大丈夫。

*1:今となっては所属しているクラスタがだいぶ違うので絡む機会は少ないけど、けっこう付き合い古いのである。

*2:だいたいネットで付き合い古い人には敷居ではなくこう呼ばれる