橙乃ままれ概論 〜名無しの「>>1」から物語作家に至った人物をひとつのSSから紐解く〜

・日時:夏コミ2日目 8月11日(日)
・スペース:東O 49-b「サークル敷居亭」

今回の新刊の巻頭特集として『橙乃ままれ超ロングインタビュー』を掲載しているわけですが、補講として彼が「ママレードサンドの人」だったころの傑作SSレビューというものを載せています。

こちらの大百科にまとめられているような過去のSSから、さらに4つを選んでレビューしたもの。(※ちなみに大百科では「長編」「短編」という区分けをされていますが、ママレードサンドの人のSSは、『まおゆう』が長大すぎるだけで他作品も基本かなり長いです。)
今日は、そのコンセプトから外れたことと紙面の関係から残念ながら没になった原稿を公開しようと思います。文責はサークル敷居亭きってのSS好きのさっすま
前置きはこのへんにして、どうぞご覧ください。


橙乃ままれ概論 〜名無しの>>1から物語作家に至った人物をひとつのSSから紐解く〜

ママレードサンドの人こと橙乃ままれ。彼はいまや『まおゆう 魔王勇者』『ログ・ホライズン』で名を馳せる人気作家だが、元を辿ればVIP出身、生粋の2ちゃんねらである。その力量はVIPPERとして、つまり「名無し」として積み上げてきたレスに一端を見ることができる。つまり彼もまた、あるところまでは他の書き手の同じSSという遊びを楽しむVIP住人のひとりだったのだ。
しかし、純粋なSSとして彼の最高傑作であるひとつのスレを転機として、彼は物語作家として覚醒する。ここでは『同僚女「おーい、おとこ。起きろ、起きろー」』を発端とした『同僚女シリーズ』(以下「同僚女」)に焦点を当て、「橙乃ままれ」という作家の魅力を紐解いていきたい。

SSで物語を書く、という異端

そもそもSSはVIPという遊び場のなかでもかなり珍しい形式である。それは「バイバイさるさん」のような連投制限にも原因があるし、また、「釣りネタ」としては少々長すぎる。決して遊びに向いているわけではないのだ。また、代表的なSSテンプレートである『A「○○」B「××」』は会話文を簡単に見やすくするために使われていたもので、ネタをわかりやすくする記法という側面が大きい。
故に、SS初期の流行であった「新ジャンル○○」は、「新たなキャラクターイメージ開拓の遊び」であり、登場人物の魅力「だけ」を追求していく作品が多かった。それはあくまでVIP上の遊びであるに過ぎず、物語を展開することは珍しかったのだ。
「同僚女」は最終的には見事完結し、「物語のあるSS」というカテゴリーのはしりになって現在のVIPSSの礎を築いた。しかし、当初はその存在自体が異端だったのである。

「同僚女」の魅力と革新

さて、これだけでも橙乃ままれという>>1の挑戦がいかに困難だったのか理解していただけると思う。しかし「同僚女」の魅力はそれだけではない。
そのことを語る前に、簡単に話の中身を説明しよう。それは、IT企業で働く派遣SEたちがひたすらデスマを乗り越えていくという、萌え要素皆無な、現代日本のブラックな物語である。異論もあるかもしれないが、橙乃ままれ氏自身がそう言っているのだからそういうことにしておく。本題に入ろう。


まず「同僚女」の序盤は「スレを落とさない」ことに特化している。この点は前述した新ジャンル系の流れを引き継いでいると言えるだろう。スレを落とさないためには読者にスレに居着いてもらい、レスをつけてもらわれなければならないため、読者を惹きつける「何か」が必要である。
「何か」、つまり、「キャラクターを立てる」こと。アニメでのキャラクターの印象づけに近い話だ。登場人物を意識して端的に特徴づけることによって読者を早く捕まえ、彼らにスレに居着いてもらうことで物語を展開するための土台を作り出すのである。具体例を挙げるなら、『C男「捨てよう」』などがある。


次に、SSだから許される表現も挙げなければならない。これこそ「同僚女」の要であり、SSの名作として名をのこす所以である。

男:カタカタカタカタ
女:カタカタカタカタ
男:カタカタカタカタ

一見してわかるように、ただキーボードを打ち込んでいるだけの描写である。これが許されるのだ。あえて言うが、これを「やってしまった」からこその傑作なのである。この表現によって、物語性を伴うSSというジャンルがVIPに定着することになった。


それを証明するのが、「女新人」というキャラクターだ。作者本人が「萌えなどない」と言いながらも、スレ民たちが勝手に登場人物の誰かに萌えてしまう原因を作った張本人だ。実際、僕も萌えた。このキャラの登場によって、この単なるレスを繰り返すだけの遊び場は物語の現場へと変貌した。
女新人はその名通りの新人であり、仕事はできない。そもそも仕事のしかたを知らない。その点を表現するため、作者は下記の表現方法を使った。

男 カタカタカタカタカタカタ
新人女 カタカタ

これだけで男と新人女のスピードの差が表現されている。これがSSなのだと言わんばかりの表現だ。さらにそこから、彼女が仕事を覚え変化していくところが見て取れるようになっている。

男 カタカタカタカタカタカタ
新人女 カタカタ

わずか1byte! この1byteに、これまでのVIPPERのお遊びとしてSSを超越した、一作の物語としてのSSが見える。キャラクター造形を工夫し読み手を萌えさせるだけではなく、そこに一本筋を通すことによってキャラクターの成長を描きだす、橙乃ままれが切り開いたSSの新境地が見えるのだ。
僕はいまでも憶えている。この瞬間、ひとりのスレ民としてとてつもなく興奮したことを。これは間違いなく傑作になる。ここでこのスレを捨てるなんてとんでもない! 僕は、そう思った。


そしてもうひとつ、「同僚女」の忘れてはならない魅力は、安価とは異なるレスの拾い方を物語に投入したという点にあるだろう。安価は決定であり絶対である。それは「同僚女」が「物語としてのSS」に変化した時点で捨てなければならなかった。なぜなら、そうしなければ終着点の景色が変わってしまうからである。
しかし、スレはあくまで>>1のものであり、その他のスレ民たちのものでもある。だからこそ、橙乃ままれ氏は、彼本人がレスで述べているように予想外だったC男の人気を受けて、彼をきちんと引き上げ、主役のひとりにまでしてしまったのだ。これはのちの『まおゆう』でもメイド姉に顕著に表れている手法である。
つまり、彼はリアルタイムで動くスレを、安価を使うことなく、物語となったSSのスタイルにあわせ、いとも自然に消化してのけたのだ。これこそ橙乃ままれ作品の最大の魅力だ。そして、この手法が用いられたときこそ、SSがVIPPERのお遊びを超えた瞬間でもあった。「物語を描くためのVIP」の礎を築く道、その第一歩をここに見ることができる。

SSの過去、今、そしてこれから

ここまで「同僚女」の魅力を語ってきた。この作品は5スレを使い、最終的にはパート速報に移って拡げきった物語をきっちり完結に導いた。「物語としてのSS」の起源と言っていい。
「同僚女」が「初めて物語を描いたSS」だというわけではない。一次創作、二次創作を問わず、この作品より前にもそういう作品は存在していたし、面白いものもあった。当時SSを書きつづけていたコテハンたち、>>1は、いまも語り継がれる傑作をのこしている。当時その場にいた僕はそのことを十分に理解している。
しかし、この「同僚女」では、従来の物語作家とは異なる、編集・演出に能力を特化させたニュータイプのSS作家が出現している。そしてそれが現在の「遊ぶためではなく、物語を書く場としてのVIP」を生み出すきっかけのひとつになっているのだ。
その一点において、このSSは「物語としてのSS」の起源として記憶されるべきであると考える。


もちろん現在でも、あらゆる方面からの人材の流入によって、日々傑作が誕生している。しかし、VIPの大量規制や忍法帖システム*1の導入などにより、本来VIPが持っていたSSで遊ぶという文化は現在ではほぼなくなってしまった。
このような「驚き」や「新しさ」という視点で作品を見ることはもうできないかもしれない。とはいえ、面白い物語はまだここにある。橙乃ままれが生み出したひとつの文化は今日もまた受け継がれていく。物語は続いていくのである。


さっすま

*1:板への書き込みによりレベルを上げていき、レベルに応じて連投の制限がゆるくなっていくシステム。そもそも一定レベル以上がなければスレを立てることすらできない。