盗作問題に関連して 〜伊藤剛さんの先見の明

唐沢俊一氏の盗作問題についての流れは以下を参照。盗作された本人が全部の流れをぶっちゃけています。

僕もこれに関連するエントリは色々と見て回ってたりするんですが、関連エントリの中でも特に大きな話題になったものの一つに伊藤剛さん*1のこのエントリがあります。

このエントリ自体はとっくに読んでたんですが、ここからリンクが貼られている裁判を記録した旧サイトの内容を今日読んでみて、ちょっと驚きました。

尊大にならず、卑屈にならず、「私たちにはこうした文化があります」ということを、ひとつひとつ丁寧に言葉にし、素直に胸を張ること、これが僕の目標であり、アニメや、ゲームや、漫画などの文化を「自分たちの経験として」持っている人々の当面の目標ではないでしょうか?

――"オタク"が終わったあとに

この言葉、現代的なオタクの感覚を見事に言い表しています。似たような文言を最近色んなブログで見かけませんか? 手前みそで申し訳ないけど、うちの記事を例に出すとこれになります。

別に僕に限らず、似たようなことを言ってる人は最近ならたくさんいるんじゃないかな。

でも驚くべきことに伊藤剛さんのこの旧サイト、2000年から全く更新していないそうです。時代の流れが追いついただけで、先見の明がある人はあるべき未来を予想していたということでしょう。いや、むしろこういうことを堂々と主張できるようになったのはこのような先人の努力あってこそ、というべきなのかもしれません。
今回の盗作騒動のようなみっともなくて見苦しい例ばかりじゃなく、ちゃんと尊敬できる先輩だっているんだよね。当たり前のことだけど、僕はそれがうれしい。


だから今回の話で色々絶望しそうになる気持ちはわかるけど、ある程度以上の世代を全て"オタク第一世代"みたいにカテゴライズしていっしょくたに世代間対立みたいな図式を煽るのは、厳に慎むべきだと思います。世代が上だろうが下だろうが、話の通じる人はいるし通じない人もいるんですよ。これも当たり前なことなんですけどね。
でもまあ、実際「第一世代、第二世代、第三世代」と言われるような傾向があること自体は否定しないし、それぞれの世代の傾向を見てあーだこーだ語るのはそれなりに楽しいことではあるよね。それが「老害」だの「今時の若者はバカばっかり」だの、そういう思考停止ワードが蔓延する原因にならないように、気を付けたいものです。

*1:テヅカ・イズ・デッド』を書いた人ね。そのうち読もうと思ってたんだけど、今回の件で購入決定しました。→http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4757141297/goitohatena-22/250-7771283-4296242