猫目石

猫目石〈上〉 (角川文庫)

猫目石〈上〉 (角川文庫)

猫目石〈下〉 (角川文庫)

猫目石〈下〉 (角川文庫)

 栗本薫で最初に読むならコレ! ということでこのひととかこのひとに薦められていた猫目石を読了。絶版なので古本屋巡って探しました。なんか僕が取り上げてるの普通に手に入らないもんばっかだよね。まあ、これはだいぶ数が出ているものみたいなので、古本屋にいけばすぐ見つかります。


 で、内容のほうですが、確かに面白かった! 一応それまで栗本薫が書いてきた二つのシリーズの主人公の名探偵が対決する! という内容のミステリなんですが、実際には完全にメインはラブ・ストーリーです。二人の探偵が推理したりどうこうってのより、主人公の薫と人気アイドルの朝吹麻衣子の関係がメイン。すべてがこのふたりのためにあると言っていいと思う。


 とにかく朝吹麻衣子のキャラ造形が素晴らしいですね。16歳の清純派アイドル美少女でありながら、危険な匂いも漂わせる怖い女。見方によって全く違う顔を見せる彼女に、もう中年にさしかかろうという主人公がちょっとずつ惹かれていく描写が非常に丁寧で、読んでいるこちらまで気が付けば魅了されそうになります。


 よくよく考えてみると、この二人が会っている場面ってそんなに多くないはずで、さらにしゃべっている場面なんか数えるほどしかないんですよね。なのに目線やしぐさの描写で、お互いが少しずつ惹かれあっていく様子がはっきりとわかるんですよ。そして、それが読者にもわかるということが、後の展開の伏線になっていくんですよね。


 さすがにベテラン作家というべきか、文章はするすると頭に入ってきて読みやすいです。栗本薫といえば華美な文章というイメージがあったんですが、猫目石に限って言えばそんなことはないですね。かといって淡泊な文章というわけでもなく、ところどころ印象に残る。例えば薫が好きになる女性について語っているセリフで、女性をマリア、イブ、リリスに例えて、「悪い女、ファム・ファタール、運命の女……僕はたぶん、リリスに――」っていうセリフとか、伊集院大介が「さて」を言うときに、「すべての殺人事件は、ほんとうは、『さて皆さん』ではなく、ワンス・アポンナタイム、昔々あるところに、そう語りはじめられるべきです」というセリフなど、華美にすぎず、それでいて印象に残っています。


 ……そして、悪魔のような内容をあっさりと書いてしまうあのエピローグ! ネタバレになるのでこれ以上は書きませんが、一瞬記憶から消し去りたくなりました。でも、あれがあるからこそ猫目石は記憶に残る話になっているんでしょう。あきらかにああいう結末が予想できるように書いていますからね。逆に何もなかったらそっちのほうが納得しなかったかもしれない。しかし、やっぱり記憶から消せるなら消したほうが幸せかもしれない。うーん、なんか上手くまとめられませんが、凄い小説だったということで。



 しかし、ミステリ読むたびに思うんですが、僕はミステリ読みではないですね。猫目石に限って言えばそれで正解だとは思うんですが、この作品に限らず何を読んでいてもちっとも推理しないもの。事件が起こっても誰が犯人か気にしないし、名探偵が考えを語っててもそれが妥当がどうか考えない。そんなことよりも、キャラとか文章とか話の流れとかに目がいく。伏線に後で気付いて驚かされることは好きなんですが、それをあらかじめ予想してやろうという気持ちがさっぱりないんですよね。


 まあ、別にそれでかまわないと思います。パズラーみたいな読者に推理させることを前提にしてる小説ならともかく、推理小説のトリックってのは基本的には読者を驚かせて快感を感じさせるものであって、ようするに普通の物語の伏線と何ら変わるところはないんですから。推理しないからミステリを読まないなんて言って、面白い本を読み逃すほうがもったいない。SFも同様で、ギミックは好きですが、たぶん僕に本当のSFマインドは無い。科学的な根拠がどうこうとか全く気にならないもの。けどこれからも評判よかったり面白そうなものなら気にせずに読むでしょう。ジャンルの好みなんて関係なく、面白いものは面白いんですから。